西野朗技術委員長とガンバ・浦和の関係は?監督としての実績が凄い!

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晴れてサッカー日本代表監督に決まった、西野朗技術委員長。さっそく期待したいですが、ネットでは西野朗さんとガンバ・浦和の関係が話題みたいですね。西野朗技術委員長とはどういう人なのでしょうか?そして、西野朗さんとガンバ・浦和の関係とは、いったい…?チェックです!

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西野朗技術委員長、ハリル氏解任について責任感じていると告白!

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引用:http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=33860

先日、サッカー日本代表監督だったハリルホジッチさんが解任されて、衝撃が走りましたよね。

後任をめぐってはさまざまな名前が飛び交いましたが、結局、西野朗さんに落ち着きました。

サッカーファンからの反応はいろいろでしたが、当の西野朗さんは、どう考えているのでしょう。

これまで技術委員長という立場だっただけに、ハリルホジッチ監督解任には、やはり責任を感じてしまっているといいます。

もともと、ハリルホジッチ監督を支える立場だっただけに、これはやむをえないかもしれませんね。

一方で、西野朗さんは、現状打破の必要性を説いてもいます。

このタイミングで監督を引き受けたことは、大変なことだったとは思いますが、西野朗さんに期待していきましょう。

西野朗技術委員長ってどうゆう役割をしてた人?どんな人?プロフィールと経歴

これまでの西野朗さんについても、そのプロフィールを確認していきましょう。

西野朗さんは、1955年4月7日、埼玉県出身の63歳。

サッカー選手として、埼玉県立浦和西高校、早稲田大学、日立製作所で活躍しました。

指導者としては、これまでに、柏レイソル、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスにおいて監督を歴任。

さらに、U-20代表、U-23代表の監督も経験しました。

Jリーグにおいては、監督としての通算勝利最多記録を持ってもいます!

これだけの実績がある人物であれば、ワールドカップも希望が持てるようになるかもしれませんね。

日本サッカー協会技術委員長からの監督抜擢となった、西野朗さん。

これから、どんな新生サッカー日本代表を見せてくれるのでしょうか。

元西野朗技術委員長、新監督の戦術は?名言も。

当面は、ロシアで開催される2018年のワールドカップに向けての対応が注目されるであろう、西野朗さん。

では、その戦術面はどういう感じになっているのでしょうか?

しばらくサッカー日本代表を率いていくだけに、注目されることになりそうですよね。

西野朗さんの戦術としては攻めの姿勢というものが挙げられます。

韓国戦で負けた現在のサッカー日本代表には、必要なことかもしれませんね。

ほか、指導におけるポゼッションの意識や、システムとバランスをとった選手の特性の尊重といったことも挙げられていました。

また、西野朗さんといえば、名言でも知られていました。

それは、「システムありきでタレントが成立するのではなく、タレントありきでシステムが成立する」という、なんとも意味深なものだったのです。

名言は、言う人もよっていろんなふうに伝わってくるものでしょうが、さすが、西野朗さんともなれば、説得力が違います!

西野朗技術委員長が監督になった今、心配な点とネットの反応は?

今回、サッカー日本代表監督になった、西野朗さん。

では、就任前の評価はどうだったのでしょうか…?

当時の西野朗技術委員長が監督になった場合、心配な点として、以下のようなことがあがっていました。

まず、ワンマンな運営になるのではないかということ。

西野朗さんには、すべて自分でやってしまおうというところがあるそうなのです。

また、それゆえにコーチを育てることができないという点も、心配されていました。

こうした部分は今後の改善点となっていきそうですね。

監督候補への浮上の段階におけるネットの反応も気になりますが、手倉森誠さん、森保一さんと並んで取りざたされつつも、手倉森誠さんとともに特に有力と見られていました。

もともと人望が厚かった西野朗さんのサッカー日本代表監督就任を見守っていきましょう。

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西野朗技術委員長(新監督)のプロサッカー選手時代はどんなだった?

指導者になる前にはサッカー選手であった、西野朗さん。

現役時代はどういう活躍をしていたのでしょうか。

早稲田大学時代から頭角を現し、1978年には柏レイソルの前身である日立製作所に加入。

一時期、不調だったこともあったようですが、その後、復活を遂げます。

以後、西野朗さんが脚光を浴びることになったのが、1985年の、8試合における連続得点!

さらに、ベストイレブンへ選出されるなど、西野朗さんは大変な活躍を見せていくことに。

サッカー日本代表になった後は、ワールドカップのアジアオセアニア予選でも活躍を見せてくれました。

ミッドフィルダーとしては、天才的と称されることもあったほど!

その後、1990年に現役を引退し、1991年からU-20日本代表監督へと転じています。

やっぱり、現役時代からあまりにも有能だった、西野朗さん。

その経験に基づいた手腕に期待ですね!

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西野朗技術委員長(新監督)とアトランタ五輪のマイアミの奇跡&Jリーグ監督時代

西野朗さんは、1994年に、アトランタオリンピック出場実現のため、U-23の日本代表監督となりました。

その結果、実現したこととは、なんと、28年ぶりであった、本大会への出場なのでした!

そして、本大会においては、ブラジルに、見事、勝利。

このことは、「マイアミの奇跡」と呼ばれ、日本のサッカー史に伝説として残ることに!

「マイアミの奇跡」は、西野朗さんの知名度を一躍上げました。

その後、西野朗さんは、Jリーグ監督を歴任。

柏レイソル監督時代も、ガンバ大阪監督時代も、Jリーグ最優秀監督賞を受賞しています!

西野朗監督がガンバ大阪に残した攻撃サッカー戦略

今回、サッカー日本代表監督に就任をはたした西野朗さんは、なんといいましても、ガンバ大阪を一躍成長させた功績で、あまりにも有名な存在。

そんな西野朗さんは、ガンバ大阪にビッグタイトルを残したとも称されています。

ガンバ大阪に「攻撃サッカー」というものを導入したのが、西野朗さんの最大の手柄だったのだといわれていたのですね。

たしかに、あれだけのチームの急成長というものは、ちょっと、ほかに例がありません。

ゆえに、西野朗さんの発揮した手腕も、並々ならぬものがあったといえそうですよね。

サッカー日本代表ともなればスケールもまったく違ってくるのかもしれませんが、過去の実績はきっと生かされていくことでしょう。

ハリルホジッチ監督が果たせなかったぶんも、これからの西野朗さんの活躍に対して、ますます期待していきたいと思います。

西野朗技術委員長(新監督)W杯2カ月でどう動く?

すでにご紹介しました通り、戦術として、攻めの姿勢というものが挙げられる、西野朗さん。

「超攻撃」とも評される西野朗さんなのですが、あと2ヶ月程度で開催される予定のワールドカップに向けて、どれだけ活躍することができるのでしょうか。

いくらなんでも、ハリルホジッチ監督の体制を変えるには、あまりにも期間が短いため、現体制内で西野朗さんの独自色を出すことが急務といえるでしょう。

それに、技術委員長としてハリルホジッチ監督を支えてきただけに、西野朗さんの立場はとても複雑だということもできます。

しかしながら、ワールドカップが迫ってきているのは事実。

これから先のサッカー日本代表をどのように統率していくのか、西野朗さんの動きから目を離すことができなくなっていきそうですね!

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